赤い魔本




校内でのケンカが原因で怪我を負った清麿は、形ばかりの謹慎処分を怪我の回復に当てた。
あの日から一日経っただけで大分痛みも引いた。3日も休めばすっかりよくなるだろう。

華は怪我をして帰ってきた清麿とガッシュを心配したが、ガッシュが学校で起こった事をすべて華に報告したので安心したようだった。
「じゃあ、月曜日のお弁当もうんと美味しいのを作らなくっちゃね!」
とはりきる華はとても嬉しそうだった。


華の笑顔は久しぶりに見た。
それだけ心配をかけていたのだという気持ちで一杯になった清麿だったが、面と向かって「今まで心配させて悪かった」というのも恥ずかしくて…でも何か言わなきゃいけないような気もしていたが行動に移せず、翌日になっても言い出せなくて黙って居間でテレビを見ていた。

清麿がそうしている間に、華は朝から仕込みをしていた料理を作り上げテーブルに並べていく。

「何やってんだ?おふくろ…昼飯のおかずにしちゃちょっと多くないか?」
清麿が不思議に思っていると、華は笑いながら答えた。
「ちょっと遅くなったけどあなたの誕生日をお祝いしようと思って。かまわないでしょ?」
「あ、ああ…いいけど…」
随分上機嫌な華はどんどんご馳走を作っていく。

いくらなんでも2人でこれは多すぎる。親父も帰ってくるのだろうか?
華に訊ねたがそうではないと言う。
「このパーティーに呼びたい人居るんじゃないの?清麿」
言われてすぐ浮かんだのはガッシュの顔。
「私もぜひ呼びたいの。呼んできてくれる?」
「ああ!」

ガッシュにまだ礼も言ってないし、ガッシュとまだ話したいことがたくさんある。
誕生日パーティーとはいいキッカケだと思った。
清麿は玄関を出る前に居間を振り向き、小さな声でありがとうと呟いた。



玄関を出て早速清麿は困ってしまった。

(ガッシュってどこのホテルに泊まってるんだ?)
そういえばそんな事全然聞いてなかった。携帯を持ってたかもしれないのに番号聞く事も忘れていた。
ガッシュは華に学校であった事を話し終えるとお弁当の礼を言っただけで帰ってしまった。

お茶をいれるからゆっくりしていけば?という華の言葉にも、迷惑かけたくないからと言って出て行った。
清麿も引き止めたかったが理由がみつからなかった。

(聞く暇も無かった気がするしな…)
後悔しても後の祭りで、仕方なく清麿は近くのホテルを訪ね歩いた。
モチノキ町はそんなにホテルは多くないので簡単に分かるだろうと思ったからだ。
しかしどこにもガッシュという名の人物は泊まっていないと言う。

(電車でここまで遠くのホテルから通って来てたとか…?)
だが清麿はその考えをすぐ否定した。
モチノキ町のホテルがすべて満室というのはありえないし、第一わざわざそんな面倒な事はしなくていいはずだ。




思えばガッシュと初めて出会った日が清麿の誕生日だった。
ガッシュが来なければいつまでも虐められてひねくれたままでいただろう。
(オレが1年半近く悩んでどうする事も出来なかったのに、たった2日で解決しちまうんだもんな…)

あの勇気はどこから来るのだろうと清麿は不思議に思う。
会って間もない他人のために力を貸してくれたガッシュの優しさに感謝した。




ガッシュが行きそうな場所というのが分からなかったけど、公園や図書館など人が沢山いそうな場所へ行き、ガッシュの人相を話して知らないか訊ねた。
ガッシュを見た事があると言う人も何人かいたが、どこに居るのかまでは分からなかった。

困った清麿は父親の清太郎ならガッシュの行きそうな場所を知ってるかもしれないと家に帰り、父が働いているイギリスの大学に電話をかけてみた。
だが留守のようでつながらない。

気落ちしながらも居間に行ってズラリと並ぶご馳走の山を見つめた。

誕生日をガッシュにも祝って欲しいし、華の弁当をあんなに喜んで食べていたから今用意されているご馳走も食べさせてやりたい。
何の礼も言ってないし…何より清麿はガッシュに会いたかった。


清麿の問題は片付いて恩返しは済んだとばかりに何処かへ行ってしまったのだろうか?
清麿は頭を振ってその考えを追い出した。ガッシュはそんな薄情なやつじゃない。何も言わずに居なくなるわけ無いじゃないか。
(必ず見つける!だってオレはあいつに何も返せてないんだ。何も…)
ガッシュはきっとそんな事は気にするなと言うだろう。しかしそれでは清麿の気がすまない。

「ガッシュくん、見つからなかったの?」
残念そうに華が言う。気落ちしてるような清麿の様子にそう思ったのだ。

清麿はふと思い立って華に聞いてみた。
「親父から何か聞いてないか?ガッシュの事」

一瞬華は考え込んだ。そういえば…と話始める。
「一度電話でガッシュくんがこっちへ来るからご飯を食べさせてあげてくれないかくらいで…あ!お魚がとっても好きらしいわ」

「魚?それだけ?どこに泊まるからとかもっと詳しい事は?」

「…さぁ…他には何も…。ガッシュくんが清麿の所へ来てくれる事が誕生日プレゼントの代わりになるかもみたいな事は言ってたけどね」
確かにいままでの誕生日プレゼントの中では最高の贈り物だと言える。
清麿は笑ってもう一度探しに行ってくると華に告げて家を出た。



(魚が好きか…)

生憎モチノキ町に水族館は無い。ならば港に行ってみようと思った。
単純な考えだが他に手がかりはないから仕方がない。港で探し出せなくてもまだ探してない場所はあるから先に港を調べておこうと思っただけで、足を棒にしても探し出すつもりだった。

ガッシュが教えてくれた諦めないという気持ちは確かに清麿にも根付いていた。



港に着いた清麿はロープを手繰り寄せていた船員らしい人にガッシュの事を聞いてみた。
すると知っているという返事で今日も見かけたと言う。清麿は勢い込んで何処でですか?と訊ねた。

その人の話では自分で魚を捕って食べているらしい。清麿は港を海に沿って歩いて探した。
ほどなく港を少し離れたコンクリートの防波堤の上にキチンとたたまれたガッシュの服とそろえられた靴を見つけた。

清麿は釣りでもしてるのだろうと安易に考えていたが、服がここに置いてあるのならば水中ダイバーのように潜ってカレイのような余り動かない魚を捕っているのだろうかと思い直した。
とにかく此処で待っていればガッシュに会えるのは確かなので、待つ事にした清麿はガッシュの服の横に腰掛けた。

(見つかって良かった…。それにしても魚なら店にいくらでも売ってるのになんでわざわざ自分で捕ってるんだ?)

金が無くて仕方なくだろうか?それならそうと言えばご飯くらい食べさせてもらえるように華に言ったのにと清麿は思った。


だが、ほんのちょっと前までの清麿は自分の事でいっぱいいっぱいで他に気を回す余裕すらなかったから気づかなかったが、考えれば考えるほどガッシュに対してギモンが湧いてきた。
細い身体で信じられないくらいの力持ちだし、この暑い中で黒マントのような服で汗ひとつかいてないし、第一あの顔の線。
描いてるのではなさそうだ。金色の目もありえない色だし…。

ギモンは膨らむいっぽうだった。



あれこれ考えているうちに、遠くの水面を何かがはねているのが見えた。
(トビウオかな?)
清麿はそう思ったがそれにしては少し大きい。海以外見るものもないのでよく跳ねているその魚に注目していると魚を追いかけるようにもうひとつの何かが跳ねた。
一瞬の事だったがそれは人間とわかった。清麿は水しぶきと一緒に光る金色の光も見た。目が点になる。

(ウソだろ?…)

人間は魚よりもずっと泳ぎがヘタなのだ。ましてや泳いでる魚をこの広い海の中で泳いで捕まえるなどというのは不可能に近い。だがその不可能な筈の事を目の前でガッシュは成し遂げてしまった。

ひときわ高くジャンプした大きな魚を追いかけてジャンプしたガッシュが空中でがっちり魚をキャッチした。そのまま海に落ちて…あとは何事もなかったかのように静かな海に戻った。



清麿は放心したようにガッシュが落ちた辺りの海をじっと眺めていた。落ちてから5分経っても水面に顔を出さないガッシュが心配になってきた清麿は、海に飛び込もうと思わず立ち上がる。

その清麿の真下の海から巨大な水柱が立ち上がった。
ビックリして動きを止めた清麿の上を何かが跳び越して、後ろの地面に着地した。
振り返るとそこにはガッシュがいた。ガッシュの身長くらいはありそうな大きな魚を抱え、不思議そうに清麿を見ていた。
見つめる先に居るのが清麿と分かると、すぐにガッシュは笑顔になった。

「清麿ではないか!何をしておるのだ?」

ひとかかえもある魚が大暴れしているのもまったく気にしてないようで訊ねてくる。

「お…お前こそ…」

あまりの信じられない光景に清麿の頭の中は真っ白に近かったが、ようやく言葉を紡ぐと聞いた。

「私はご飯を捕ってきたのだ」

嬉しそうに笑うと清麿の目の前でその魚を頭からバリバリと食べ始めた。


清麿はもう何も考えられなくなっていた。
ヘナヘナとその場に座り込み、ガッシュが魚を全部食べ終わるまで見ていた。
生きた魚を生のまま、それも頭からまるかじりで、骨すら残さないで食べていく。
しかもかぶりつくガッシュの歯がサメのように鋭く尖っているのを目にして清麿は背筋に冷たいものが走った。
後ろが海だということも忘れて後ずさりしていた。堤防からはどうにか落ちなかったが。


ガッシュはそんな清麿の様子には少しも気づかず、食べ終わると血で汚れた身体を海に飛び込んで洗い、腕や足をふって簡単に乾かすと服を身に着けはじめた。
清麿はただボーゼンとそれを眺めていた。

(何なんだ?これは…。ガッシュは一体何者だ?オレは起きたまま夢でもみているのか??)



いくら考えても答えは出そうに無かった。









05 07 01


急いで書いたから文になってるかしらん…。「金色の太陽」の続きみたいなものです。
せっかくの大人ガッシュなのでここからは、原作には沿わずオリジナルでいきます。