金色の太陽




結局ガッシュは清麿を学校へ連れて行くことをあきらめていなかった。

昨日あれだけハッキリ学校に来なくていいとまで言われて深く傷ついていた清麿は、家にまで上がりこんで学校へ連れて行こうとするガッシュに怒りを露にした。


金属バットを振り回して追い払おうとしたが、脅かすだけの清麿の攻撃はあっさりかわされ、ガッシュに奪われたバットは簡単に真っ二つに折られてしまった。
そのまま団子のように小さく丸くに握りつぶされるバットを唖然と見ていたが、ガッシュの力に屈するのも、学校に無理矢理連れて行かれるのもガマンの限界だった清麿は叫んだ。

「なんでだ!!なんであんな嫌な連中の居る所に連れて行く!!そんなにオレを虐めるのが楽しいのかよ!!」


ガッシュは清麿の父の命令で此処に来て、真面目に学校に通わせようとしている。
世間の目を気にして、親としての義務を果たすのに他人のガッシュを使って。
だからなお腹立たしかった。

(ガッシュもただ無感情に学校に運んで、行かせた気になっているだけだ!
何の解決にもなってない!虐めと一緒だ!!)

清麿はガッシュを睨みつける。

「親父にいくら金を貰って此処に来たのか知らねぇが、もううんざりなんだよ!いい加減にしやがれ!!」

清麿の剣幕に怯むことなくガッシュも言葉を返す。
「金など貰っておらぬ。お主の父上殿に私は助けられた。私はその恩返しのために此処に来たのだ」

恩返しならば尚更ここに来て人の世話をする必要はないように思えた清麿だった。

「じゃあ、親父に恩返ししろよ!オレに構う事はないだろ!!」

「恩返ししたいと言った時、父上殿は清麿を助けて欲しいと言ったのだ。それが父上殿の望みなのだ。父上殿は清麿の事をとても心配しておるのだ」


清麿がどうしてそこまで怒るのかガッシュには理解出来ない。それが清麿にも伝わってますます清麿をイライラさせていた。

「心配!?バカ言うな!!親父が心配しているのはメンツだ!大学教授の息子が不登校じゃ世間のいい笑いものになる。それが怖いだけさ!!」

はき捨てるように言う清麿を悲しげに見つめるガッシュ。ガッシュの目は清麿を哀れんでいるようにも、親を信じられないのかと非難しているようにも見えた。
じっと清麿の目を見つめて考えていたガッシュはふと下を向いて呟くように話し始めた。

「清麿…。私も最初は父上殿に恩返しをしたくて父上殿の望むとおりに此処に来た。けれど清麿に会って清麿の目を見て思ったのだ。清麿を助けたいと。」

意外な言葉に清麿の怒りに満ちた目が少し驚きに見開かれる。
少し下を向いて話すガッシュの表情は見えにくくて、その言葉が本気かどうか分からなかった清麿はガッシュの次の言葉を待つために口をつぐんだ。

だが、清麿の頭の中では別の答えが浮かんでいた。
ガッシュは清麿の味方だと信じ込ませたいから、でまかせを言ってるだけじゃないのか?と。
誰も本気で他人の心配をするはずがない!
今まで虐められてきた清麿には、他人を信じる心が失われていた。
しかし、ガッシュが何を言おうが信じるものかと決め込んでいた清麿の決意を吹き飛ばす言葉がガッシュから紡がれた。

「清麿は学校に行きたいのであろう?なのに来るなと言われてとても悲しいのだ。」

ガッシュは顔を上げ、清麿の目を正面から見つめてそう言った。
清麿は何故か動揺して後ろに少し下がった。

「そ…、そんなわけあるか!!誰があんな所へなんか!!」

そう言ってみたものの、強く否定出来なかった。

(何故動揺する!?あんなに行きたくないと思っていた。それは間違いない!)

クラスメートの顔が浮かぶ。くだらない連中だ!!清麿は本気でそう思っていた。だから学校になんか行きたくない。
なのにこの足元が崩れていくような感覚は何なのだろう?
学校になんか行きたくない!そう強く思えば思うほど足元は危うくなり力も抜けていくような気がした。

ガッシュはそんな清麿の様子に不思議そうな表情も見せず――気づいてないだけかもしれないが――言葉を続けた。

「だって清麿の目はとても寂しそうなのだ。行きたい所へ行けなくて寂しいと言ってるようなのだ。だから助けたい。清麿、学校へ行こうぞ!あそこは清麿の学校なのだ。遠慮する事はないのだ!私も力になる!清麿の味方なのだ」

真剣な眼差しのガッシュの言葉はふざけているとは思えなくて、早く行こうぞとせっつかれるままに清麿は服を着替えて学校に向かった。


清麿は混乱していた。ガッシュは清麿の予想通り味方だと言い、清麿を信じ込ませて学校に連れて行こうとしている。
なのに清麿はおとなしくガッシュの言葉に従い学校に来ていた。

学校に着いても教室までついてくる様子のガッシュに何も言わず、考えていた。

(オレが寂しがってるだって…?バカ言え!!)

一歩一歩教室が近づく度に心が重くなる。逃げ出したいという気持ちも強くなる。
けれどガッシュの言った「味方」と「清麿の学校」という言葉が教室に向かう足を動かす力になっているのを感じていた。

教室に来てもクラスメートの態度は相変わらず冷たくて清麿は黙ったまま席に向かった。
後ろからついてきていたガッシュが教室に入りながら「おはようなのだ!」と元気よく挨拶しても無視されていた。
清麿は内心舌打ちしながら(恥ずかしい事するんじゃない!)と心の中で怒鳴っていたが、ガッシュが清麿にも皆に挨拶するのだと言い出し、ますます困っていた。

「な、なんでそんな事、オレが…」
(どうせ無視されて恥かくだけなのに!)
恥をかくだけではすまないだろう。後悔と自責の念と、また虐められる種が増えるだけだ。

「清麿!清麿が動かなければ誰も動いてはくれぬぞ!人に動いてもらうのではない。まず自分が動くのだ!」

ガッシュの言ってることは尤もなのだが、何故か清麿は反発したかった。
今まで理不尽に虐められてきたから、こちらから頭を下げるのは癪でしかない。
まるで友達になって下さいと土下座してるような気分になるからだ。そこまでする必要はないではないか。

ガッシュにしてみれば会話もせずに友達関係は作れないと思っているから出た言葉で、清麿の苦しい立場を理解していないわけではなかった。
清麿は友達だ。たとえ清麿がそう思ってはいなくても清麿を助けるためならどんな事でもしようと決めていた。

「天才君が説教さてれてるぜー」
どこからか揶揄する言葉が出てくるとクラスメート達はどっと笑う。

悔しくて恥ずかしくて逃げ出したくなった清麿の肩をガッシュが気にするなとでも言うようにそっと叩いた。
「清麿、頑張るのだ!負けてはならぬ!さぁ、挨拶するのだ」

ガッシュの熱心な声に説得されたわけじゃないが、言わないといつまでもガッシュにせっつかれそうでしぶしぶ口を開いた清麿だった。

「…お、はよう…」

それこそ聞こえないくらいの小声で誰に向かって言うわけでもなく、ぼそっと言った。
誰も返事などしてくれないと分かっていたから尚更だった。
だが、教室中が清麿に注目していて静まり返っていたので声は皆に届いているみたいだった。
クラスメート達のニヤニヤ笑いが見ていなくても分かるようで、恥ずかしくてたまらなかった。

(ほら、やっぱり誰も…)
止めておけばよかったという清麿の後悔は長く続かなかった。

「おはよう!高嶺君」

元気のいい返事が帰ってきたからだ。

驚いて顔を上げると、いつも清麿を気にしてくれている唯一の存在の水野鈴芽がいた。

この状況で挨拶を返してくれる鈴芽の勇気と心優しさに清麿は素直に感動した。

それはガッシュも同じで「昨日も清麿の味方をしていてくれたのだな」と嬉しそうに挨拶していた。

ガッシュと鈴芽が互いに自己紹介をしていると、始業のチャイムが鳴ったのでガッシュは清麿に「放課後まで頑張るのだ」と言い残して教室を出て行った。

清麿は返事をするかどうか決めかねてただ、ガッシュの背中を見送った。


授業が始まり、今日も清麿が居る事に驚いていた教師を気にするでもなく、清麿はガッシュの言った「寂しそうな目をしている」という意味を考えていた。

虐められてどうしてオレばかりがとか、虐めてくるやつをくだらないやつだとか見下して自分を優位にしようとしてても寂しい目にはならないと思う。

ガッシュの言うように此処に居たいのに居られなくて寂しいと思っているのならそれはどうしてだろう?
それはガッシュの思い違いだ!と否定する心とそうかもしれないと認めている心とがある。

本当に此処が嫌なら海外留学して大学までスキップすればいい。
清麿の実力なら試験を受けて、すぐにでも卒業出来るだろう。

なのに清麿はそうしなかった。中学に入ってすぐ虐めが始まったのに、2年目の夏になってもまだ中学生で居続けるのはなぜだろう?

清麿は自分に聞いてみた。

虐められてからずっと虐めの事しか頭になくて、自分に聞いてみる事はしなかったから今初めてかもしれない。


答えは簡単に出た。
外国へ行けば学校はすぐに卒業出来るだろう。けれどそれは大人たちの社会へ出て行かなければならないという事でもある。

清麿はそれが嫌だったわけではない。ただ大人には待っていればいずれなる。
けれど中学生の時間は今しかない。

同じ年の皆と勉強したり遊んだりしたかったのだ。
同じ年の友達と楽しい思い出を作りたい。それが清麿の望みだった。
だからどんなに虐められてもこの中学を出て行く気にはなれなかったのだ。

ガッシュの言った通り清麿は寂しかったのだ。
この学校に居て、友達と楽しく過ごしたいのに虐められて。
どうして虐めるんだ!オレはなにもしていないのに!!という怒りを虐めてくるやつらにではなく、家族にぶつけていたのを今更ながら恥ずかしく思った。
そして清麿は虐めてくるクラスメートに対して何もしていないのだと気づかされた。

虐められても止めてくれとも言わず、ただただ心の中でクラスメートを罵っていただけ。
虐められる原因をつきとめようともせず、考えもしなかった。

清麿は自分から動かなければならなかったのだ。
「ここは清麿の学校なのだ!」あの言葉は本当に嬉しかった。
きっと誰かにそう言ってもらいたかったのだと清麿は理解した。


そしてガッシュが本当に清麿を心配して清麿の力になろうとしてくれいるのか分かって安心するとともに嬉しかった。
清麿の父親に対する義務や義理だけでガッシュは動いていたわけではない。
ガッシュはちゃんと清麿を見て清麿の気持ちに気づいて、力になると言ってくれたのだ。
誰かに分かってもらえて、独りじゃない事がこんなにも嬉しいとは知らなかった。
清麿はガッシュに感謝した。

そしてガッシュの言うように動いてみようと思った。
挨拶から始めて、少しずつでも清麿を理解してくれる友達を増やして行けばいい。
きっと容易な道ではない。
それでも此処に居たいから頑張ってみようと清麿は思い始めていた。
硬く閉ざされていた清麿の心に誰かを信頼するという気持ちが芽生えていた。


昼休みまでは特に問題なく過ごせた。

けれどまだ独りきりなのは変わりないので、母親の華の作ってくれた弁当を持ってガッシュを探した。

いつの間に入れられてたのか弁当箱が2つに増えていた。おそらくガッシュの分だろう。

(どうりで妙に重いと思った…)
通学中はガッシュの言った言葉が気になって、カバンの重さの理由にまで気が回らなかった。
だがこれはこれでありがたかった。
関係者以外立ち入り禁止の学校でガッシュは浮いた存在に違いないが、弁当を一緒に食べるくらいは問題ないはずだ。

ガッシュを探して校庭をウロウロしていると、屋上に人だかりが見えた。
生徒が数人いる。その中にガッシュもいた。
フェンスに背中を向けて誰かと話をしてるようにも思えたが、何人かの生徒がガッシュを取り囲むようにしている。

なんとなく不穏な空気を感じてガッシュが心配になった清麿は屋上へと急いだ。





あと1本くらいで終われるかなー?                     05 06 04